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4話 不機嫌な男1

Auteur: 北川とも
last update Date de publication: 2026-11-04 19:36:16

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 決して顔には出さないが、藍田春記の機嫌は昨日から最悪だった。

 もっとも、藍田の無表情から心理状態を推し量れるような人間が、この社内にいるはずもない。そしてまた、自分の心中を他人に推し量られるなど、藍田のプライドが許さない。

 組織図をデスクの上に広げ、藍田はじっと見つめる。昨年度に改編版が発行され、わざわざ広報課に頼んで手に入れたものだ。

 組織図を見れば見るほど、腹が立つほど複雑で大きな組織だ。これが、トーワグループだ。おそらく一般の社員の中で、この組織図を完璧に把握している人間は少ないだろう。自分たちが関係する支社や事業部さえ理解していれば、仕事にまったく支障は起こらないからだ。

 ただし人事についてはそうもいかない。おかげで毎年どこの部署も、人事異動の時期には、関係事業部の名簿や座席表の作り直しの作業で大忙しだ。そうしないと、何かあったときの問い合わせに手間ばかりかかってしまう。

 それもこれも、製品ごとの分社化と、数ばかり多い事業部制のせいだ。

 どうにかしてほしいとは、東和電器に入社していたときから思っていた藍田だが、来期からその願望が叶うことになった。大幅な事業部の削減――統廃合が行われることが決定したからだ。

 誤算だったのは、考えるだけで頭が痛くなってくる改革を、自分が任されることになったという一点のみだ。

 藍田が現在持つ肩書きは、新機能事業室副室長だ。トーワグループを複雑な組織にしてしまった戦犯ともいえるのだが、本社・支社からもたらされる事業に関する報告を、あらゆる方向から数字で計測し、分析する部署だ。

 こういう表現をするとわかりにくいが、ようは他人の意見を、会社にとって有益か否か判断する材料を揃えるのだ。そのとき資料として提示した数字の結果によって、新しいプロジェクトの起動、新しい事業部の設立が決まる。

 そんな部署にいる藍田に、昨日付けで新たな肩書きが加わった。『事業部統合に関する管理実行プロジェクト』のリーダー、だ。

 実のところ事業部の『統廃合』が正確なのだが、廃合という表現は反発を招く恐れがあるため、上層部の判断で伏せられた。

 くだらない配慮を、と思った藍田だが、当然口には出さない。ムダ口は嫌いだ。

 それに、こういったつまらない配慮が積み重なって、今の複雑な組織が出来上がったという経緯も頭に入力済みだし、上層部が何を考えて、この時期に藍田にこんな大事な仕事を任せたのかも推測できている。

 なかなか悪辣なことをしてくれるではないか――。

 藍田はそっと唇を歪める。ここで内線が鳴り、受話器を取り上げる。

「ああ、どうも」

 相手が名乗るのを聞いて、藍田は応じる。別に意識して素っ気ないのではなく、いつもこの調子だ。電話の相手も慣れたもので、他の上司のように、藍田に軽んじられているなどと、いまさら感じはしないだろう。

『相変わらずだな、君は。――確認したいことがあるんだ。これからちょっと出てこられないか。いつもの場所にいる』

「……このあと会議が入っているので、少しだけなら」

『かまわん。すぐに済む』

 藍田は受話器を置いて立ち上がる。仕事をする部下たちの後ろを通り過ぎようとしたが、その中の一人、パソコンに向き合っていた堤つつみ皓史こうしがふいに藍田を振り返る。藍田直属の扱いとなっている戦略事業部の人間だ。

 藍田もあまり人のことは言えないが、上司を上司とも思っていない不遜げな眼差しが見上げてくる。

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